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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4015号 判決 1960年10月17日

判決

東京都立川市曙町一丁目二〇九番地

申請人

土居耕造

右訴訟代理人弁護士

芦田浩志

岩村滝夫

雪入益見

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被申請人

右代表者法務大臣

小島徹三

右指定代理人

広木重喜

久保田衛

佐藤芳蔵

小林忠之

渡会治吉

右当事者間の昭和三三年(ヨ)第四、〇一五号地位保全仮処分申請事件につき

当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被申請人は申請人に対し昭和三四年二月以降本案判決確定の日の属する月まで、但しその日がその月の一〇日以前であるときはその前月まで、毎月一〇日限り金一一、八〇〇円ずつの金員を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は全部被申請人の負担とする。

事実

Ⅰ、当事者の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「(一)、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。(二)、被申請人は申請人に対し昭和三四年一月以降本案判決確定に至るまで一ケ月金一二、二五〇円の割合による金員を毎翌月一〇日限り仮に支払え。」との裁判を求め、被申請人指定代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

Ⅱ、申請の理由

第一、当事者間の雇傭関係並びに被申請人の申請人に対する出勤停止及び解雇

一、申請人は昭和三二年三月一日附を以て被申請人に期間の定めなく雇傭され、わが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下「軍」と略称する。)の立川基地(昭和三一年一月一日当時までは滑走路を中心として、西側の立川基地と東側のフイムカム基地とに分れていたのが合同したもの)において雑役夫として、始めは西第一兵員食堂に、同年六月一五日以降は東兵員食堂(通称「コンメス」に勤務していたものである。

二、申請人が右の如く被申請人に雇傭されるに至つた経緯は次のとおりである。

(一) 軍の本来的目的に属するものとしてアメリカ合衆国歳出内資金(アプロプリエイテッド・ファンド)によつて賄われている軍人軍属に対する糧食の供給に関する労務に従事する日本人従業員については、被申請人がこれを雇傭して軍の使用に供するという、いわゆる間接雇傭方式が採られているのに反して、軍人軍属に対する慰安と休養の供給は軍の本来的目的の範囲外にあるものとして、軍人軍属の拠出になるいわゆる歳出外資金(ノン・アプロプリエイテッド・ファンド)からその費用が支出され、従つてそのための労務に従事する日本人従業員の雇入については、右資金の運用に当る歳出外資金活動体(ノン・アプロプリエイテッド・ファンド・アクテイビテイ)が直接これを雇傭するいわゆる直傭方式が採られていた。

(二) 申請人は昭和二八年一二月六日合同前の旧立川基地において前記歳出外資金活動体の委託を受けて日本人労務者の雇入、解雇及び労務管理等の衝に当つていた佐藤政克によつて同活動体のために雇傭され、同基地内の西第一兵員食堂に雑役夫として勤務していた。

(三) 合同後の立川基地には軍人軍属のための食堂として、(イ) 歳出外資金のみによつて経営されるオフイサーズ・オープン・メス及びシビリアン・オープン・メス、(ロ) 歳出内資金のみによつて経営されるインフライト・キチン(パイロット用)、(ハ) 糧食及び調理費は歳出内資金により、附随的サービス及び雑役費は歳出外資金により賄われる西第一兵員食堂(下士官、上等兵用)、西第二兵員食堂(兵員用)、東NCOメス(下士官用)、東コンメス(兵員用)及びオフイサーズ・メス(将校用)が設置されていたのであるが、申請人は右基地合同後においても引き続きいわゆる直傭の雑役夫として前記西第一兵員食堂に勤務していた。

(四) ところが申請人は後段第二の一の(三)において詳述するいわゆる雇傭切替の結果、前出一記載のように被申請人に雇傭されることとなつたのである。

三、申請人は被申請人より、申請人が「アメリカ合衆国軍隊による日本人及び通常日本国に居住する他国人の日本国内における使用のため基本労務契約」(契約番号DA―九二―五五七―FEC―二八〇〇〇。以下「基本労務契約」と略称する。)細目書IF節Ib項に規定する「アメリカ合衆国政府の保安に直接的に有害であると認められる政策を採用し又は支持する破壊的団体又は会の構成員」であるとの理由を以て、昭和三三年一月二七日附で出勤停止を命ぜられ、ついで同年六月一一日附で解雇の意思表示を受けたが、同年一二月八日附で右解雇の意思表示を撤回して改めて前同一の理由で解雇する旨の意思表示を受けた。

第二、申請人に対する出勤停止及び解雇の無効

しかしながら被申請人が前記の如く申請人に対する出勤停止及び解雇(以下「本件処分」と総称する。)の根拠としたような事由に該当する事実は皆無であつて、本件処分はいわゆる保安上の危険を口実としたものであつて、以下に述べるような理由に基き無効である。

一、不当労働行為

本件処分が申請人において正当な組合活動をしたことの故を以てなされたものであることは、左に述べるところによつて明らかである。

(一) 申請人の組合経歴

申請人は昭和二八年一二月六日立川基地に入職後、(イ) 同三一年八月一〇日全駐留軍労働組合(以下「全駐労」と略称する。)東京地区本部フイムカム支部に加入し、(ロ) 同月一六日同支部執行委員に選出されたが、同年一〇月二一日全駐労東京地区本部のフイムカム支部と立川支部との合同大会で辞任し、(ハ) 同年一〇月二四日合同後の立川支部軍直分会情宣部長となり、(二) 同三二年二月二八日同分会執行委員、情宣部長兼前記支部執行委員に選出されたものである。

(二) 直傭雑役夫当時における申請人の組合活動

(1) 申請人の就職した西第一兵員食堂にはかつて労働組合が結成されていたことがあるが、軍の圧迫により間もなく解散し、申請人の就職当時その職場には組合組職がなく、西第一兵員食堂の日本人労務者の労働条件は、組合活動の活発な東コンメスのそれに比較して給与も低く、夜勤手当が支払われず、定期昇給の実施が不完全である等劣悪であつたのみならず、絶えず理由のない又は些細な理由に籍口した解雇に脅かされて従業員は正当な要求すら口にできない状態であつた。申請人は、かねてこのような状態を改善するには従業員が労働組合に加入し、団結の力で軍側に対抗する以外に途はないと考えていたところ、偶々昭和三一年五月その職場の雑役夫数名が人員整理の名目の下に解雇されるという事態が生じたので、この機会をとらえて同僚の雑役夫村橋昭太郎等と共に職場の従業員に対し積極的に働きかけて、職場内に組合組織結成の気運を急速に高めることに成功した。ところが申請人は同年六月二一日突然村橋昭太郎と共に西第二兵員食堂に配置転換されてしまつた。しかも村橋昭太郎は診断書を提出して二、三日休暇をとつただけであるのに、欠勤が多いとの理由で同年七月二五日解雇されるに至つた。

(2) その後申請人は同年八月一日西第二兵員食堂から西第一兵員食堂に再び配置転換されたので、職場の従業員を勧誘して、同月一四日その男子従業員の全員四四名を当時申請人の加入していた全駐労東京地区本部フイムカム支部に加入させ、同月一六日の職場大会で同支部執行委員に選出された。

(3) 爾来申請人はその職場における従業員の中心となつて夜勤手当の獲得、身体検査の勤務時間内実施等の諸要求の解決に努力を続けて来たが、その間同月二七日朝食時間中に組合機関紙を組合員に配布したことにつき軍側の監督ターデイ曹長、同ハンフリー伍長等に氏名を聞かれた上難詰されたのに対し、正当な組合活動であるとして抗議したこともあつて、申請人の組合活動は軍側に注目されていた。

(三) いわゆる雇傭切替をめぐる闘争

(1) 昭和三二年三月一日から軍の会計に関する規則が変更されることにより、かねて歳出外資金によつて賄われていた合同後の立川基地の食堂における雑役費が歳出内資金を以て支弁され得ることになるため、前記歳出外資金活動体は東NCOメスにおけるウエイトレスに対する支払関係を残して解散することになるのに伴つて、従来のいわゆる直傭にかかる雑役夫についてはその一部の者のみを被申請人において従前と同一の条件で新規に雇傭し、それ以外の者は整理解雇されるとの方針が同年二月初旬に発表されたのに対して、申請人はその所属する労働組合の展開した右人員整理反対運動について西第一兵員食堂における組合員の中心となり、直傭雑役夫はその全員について雇傭切替即ち被申請人による新規雇傭が行われない限り雇傭切替の同意書に署名しないとの闘争を推進した。このためCCPO(セントラル・シビリアン・パーソネル・オフィス=中央人事局)は同年三月一五日に至り新規雇傭から除外を予定していた者三一名についても雇傭切替を行うことを承認し、かくして同月一日附で直傭雑役夫全員の雇傭切替が行われた。

(2) 軍が前記のとおり直傭雑役夫全員の雇傭切替に同意したのは当初整理解雇を予定していた三一名の者を雇傭切替後他の職場に転用する意向に基くものであつたところ、右三一名の大多数が東コンメスに勤務していた関係上、その配置転換により同職場の従業員が不足するのを補うため、西第一兵員食堂から東コンメスに人員を移動することを考えたのであるが、従来立川基地においては従業員の配置転換を行なう場合においては先任逆順に該当者を選び、且つ二週間前に予告する慣行があつたにも拘らず、軍は突如慣行を全く無視し、同年三月三〇日申請人の所属する全駐労東京地区本部立川支部軍直分会の有力な役員即ちその執行委員であつた申請人、西第一兵員食堂職場書記長であつた石谷幸男、同副委員長であつた森田弘、同組織部長であつた橋本国次及び同教宣部長であつた小島元世その他職場の組合活動家合計一一名に対し同年四月一日より東コンメスへの配置転換を命じた。これは軍側の監督者であつたビーディス大尉、ヒンショウ軍曹及び宋国佑等が、かねて組合活動の盛な東コンメスは軍直分会の中心的勢力であるのに対し、西第一兵員食堂における組合組織は結成後日も残いので、後者における中心的組合活動家を前者に配置転換すれば、東コンメスにおける組合の組織及び活動をことさら強化することにはならないのに反して、西第一兵員食堂における組合の組織活動に致命的な打撃を与え得ると思料した結果に他ならない。そのため組合において右配置転換を不当労働行為であるとしてこれに反対した結果、前記の如く配置転換を命ぜられた一一名中申請人を含む八名を同月七日西第一兵員食堂に復帰させることができた。

(四) ヒンショウ軍曹の排斥運動

(1) 前述のヒンショウ軍曹は西第一兵員食堂における日本人従業員に対し、部下のブレーヤー一等兵、ハンフリー伍長等をして足蹴、胸倉を掴む等の暴行を加えさせたり、或いは仕事のないときにことさら床に水を撒いてこれを拭くことを言い付けたり、必要のない天井裏の掃除を命じたりするなど、とかく非常識な行動が多く、かねて従業員全体から嫌われていたため、昭和三二年二月頃から申請人が主導者となつてヒンショウ軍曹の職場からの排斥を要求する運動を展開したが、同軍曹の日本人従業員に対する態度はその後も一向に改らなかつたばかりでなく、上述の申請人等一一名に対する配置転換は右運動に対する報復措置とも見られるのであるが、結局申請人等の運動が功を奏して同年五月二〇日同軍曹は西第一兵員食堂から東コンメスに配置転換された。

(2) 申請人は同年六月一五日附で再び東コンメスに配置転換されたのであるが、その理由が申請人において前述の如く組合活動として行つたヒンショウ軍曹に対する職場追放運動にあることは、申請人と共に西第一兵員食堂から東コンメスに配置転換を命ぜられた小島元世が配置転換に関する慣行に基く先任逆順による該当者であるのに、申請人はそうでなかつたこと並びに申請人及び小島元世を右のように配置転換させておきながらその後間もなく西第一兵員食堂の従業員不足を理由に逆に東コンメスの従業員がこれに配置転換されていてもそもそも申請人等に対する前記配置転換はその必要がなかつたことが察せられることから見ても明白である。

(五) OSIによる取調

申請人は昭和三二年七月一七日より八月一八日までの間病気のため郷里である愛媛県松山市において療養していたところ、同年九月三〇日OSI(オフィス・オブ・スペシァル・インベスチゲーション=特別調査機関)の呼出を受け、同年八月一〇日夜PXにおいて発生した窃盗事件の被疑者として取調べられた。事件発生当時帰郷中であつた申請人に対する嫌疑は直ちにはれるはずのものであつたにも拘らず、軍の関係当局は同年一二月初旬に至るまで申請人を被疑者扱いして来たのであるが、当時申請人の所属する労働組合において立川支部北分会の執行委員長であつた柴山弘についてOSIのスパイ容疑があるとして査問委員会を開いて調査を続けていた折柄であつたことに鑑みるときは、OSIの申請人に対する取調はこれに対抗するための厭がらせであり、又、犯罪捜査に藉口して組合に関する情報を蒐集する目的もあつたと考えざるを得ないのである。

(六) 東コンメスにおける申請人の組合活動及びCCPOによる調査

申請人がその勤務する東コンメスの職場の中心となつて行つた組合活動を挙げると以下のとおりである。

(1) 申請人は昭和三二年九月五日ヒンショウ軍曹が無断で従業員の私物を検査したことについて同軍曹及びその上司のビーディス大尉に抗議し、更に同年一一月二八日ハンフリー伍長が雑役夫の木瀬三男の襟首を掴んで暴行を加えたことについてヒンショウ軍曹に抗議して謝罪させた。

(2) 申請人は昭和三二年一二月二八日ビーディス大尉が従業員に対し爾後白色の下着を着用すべき旨指示したのは慣行に反して不当であるとして、ヒンショウ軍曹に抗議した。

(3) 申請人は同月二八日宋国佑から、従来の慣行に従い同月二四日食堂前の掲示板に貼布した年末闘争に関するビラの撤去を命ぜられたについて、職場における日本人監督の森田義一と交渉した。なお、右ビラは折柄来合わせたヒンショウ軍曹とハンフリー伍長とが撤去してCCPOに届けるといつて持去つた。

(4) 同年一二月中旬頃食堂関係の従業員に対し同月三一日、同三三年一月一日、二日の三日間はメニュー変更に伴う作業量減少のため二〇パーセントの人員に相当する者は出勤しなくてもよい旨の通告がなされていたに拘らず、第一日目の一二月三一日朝になつても何らメニュー変更の措置がとられなかつたので、申請人その他の従業員はメニューの変更をしないのなら全員就労させて貰いたいといつてヘドリック上等兵、宋国佑、ヒンショウ軍曹と交渉したが、結局メニュー変更は行わないけれども勤務人員の二〇パーセント削減は予定どおり実施した上事後上部機関で話合うことに協議がまとまつたので、軍直分会の副委員長であつた下谷一好が右交渉の経過を従業員に説明していたところ、ヘドリック上等兵は下谷一好が勤務時間中に勤務を離れて従業員に話かけをしているという理由で同人を東コンメスの事務所に連行して詰問したため、申請人は他の従業員と共にこれを不当として抗議を行つたのであるが、結局当日立川支部執行委員長田中晃と食堂関係の監督将校ダッブ大尉との間で折衝した結果、軍側にも落度があつたことであるから、勤務時間中組合員が職場を離れたことについては責任を追究しないとの申合せがなされた。

ところが申請人は昭和三三年一月二〇日、下谷一好は同年二月五日CCPOから呼出を受け、申請人は右(2)ないし(4)に掲げた申請人の行動につき、下谷一好は右(4)に掲げた同人の行動につき基本労務契約細目書IG節の制裁条項違反を理由に取調べられたのであるが、申請人に対するCCPOの取調が続行されている間に、OSIによる調査の結果申請人にいわゆる保安上の危険があることが判明したと称して、被申請人から申請人に対し前記の如く出勤停止及び第一次の解雇がなされるに至つたのである。

(七) 叙上の経緯に鑑みるときは、本件処分は職場の内外において活発な組合活動に従事した申請人を職場から排除する目的で、保安上の理由に籍口して行われたものであることが明らかであるから、労働組合法第七条第一号に掲げる不当労働行為に当るものとして無効である。

二、憲法第二一条及び労働基準法第三条違反

仮に本件処分が不当労働行為に該当しないとしても、基本労務契約細目書IF節Ib項にいわゆる破壊的団体又は会とは日本共産党を指すものであることが明らかであるから、結局本件処分は申請人が同党の構成員であること、換言すれば申請人の信条を理由とするもとに他ならず、申請人は日本共産党の構成員でないのは勿論、同党と全く無関係であるが、その点はともかくとしても、軍従つて被申請人において申請人を前掲条項に当るものと信じて本件処分に出た場合であつても、本件処分は憲法第二一条及び労働基準法第三条に違反するものであつて無効である。

第三、被保全権利の存在

以上いずれの理由からするにせよ、被申請人の申請人に対する本件処分は無効であるから、申請人は依然として被申請人に対し昭和三一年四月一日附の雇傭契約に基く権利を有する地位にあり、従つて被申請人から被解雇者として取扱われ、労務の受領を拒絶されている申請人が被申請人に対する賃金請求権を失わないことは当然である。

ところで申請人が被申請人から第一次解雇の意思表示を受けた昭和三三年六月一一日当時における申請人の賃金月額は基本給金一〇、〇九〇円、暫定手当金二、一六〇円、以上合計金一二、二五〇円の定であり、基本給の現実の支給額は月により暦日に応じて多少の変動があるけれども、申請人は他に月額金九三一円の有給休暇出勤手当の支給を受け得るので、被申請人から第二次解雇の意思表示を受けた日の翌日である昭和三三年一二月九日以降においても被申請人から少くとも毎月金一二、二五〇円の賃金の支給を受け得る権利を有するものというべくなおその支払期日は毎翌月一〇日の約定である。

第四、保全の必要

申請人は賃金を唯一の生計の賃としている労働者であつて、目下提起の準備中である本案訴訟の判決の確定を持つていては回復し難い著しい損害を蒙ることになる。

Ⅲ、被申請人の答弁

一、申請人の理由第一については全部事実を認める。

二、同第二について本件処分が申請人において正当な組合活動をした故を以て、又は申請人の信条を理由としてなされたものであることは否認し、本件処分が不当労働行為を構成する理由として申請人の主張する事実中、申請人の組合経歴及び申請人が被申請人に雇傭される以前の組合活動は不知であり、それ以外の事実は、申請人がその主張の日時にOSIによつて窃盗容疑事件(申請人の主張する昭和三二年八月一〇日の夜発生した一件のみに止らず、これに引続き発生した八件の窃盗事件を含む。)につき取調べられたことを認める外その余を争う。

(一)  本件処分は不当労働行為ではない。

申請人はその主張する組合経歴から推測しても、その所属する労働組合における重要な働き手であるとは到底考えられないのみならず、申請人の温厚な性格からみても申請人がその主張する如き激しい組合活動をしたものとは想像もできないところである。少くともCCPOその他駐留軍労務者の人事管理を担当する軍側の当局はもとより被申請人の関係機関である東京都立川渉外労務管理事務所の当局者は申請人の組合活動について全く認識するところがなかつたのであり、ましてその組合活動の故に申請人を嫌悪した結果本件処分をなしたものでないことは当然である。

本件処分は申請人が基本労務契約細目書IF節Ib項に該当する者として活動しているとの立川基地司令官からの情報に基き、OSIがその点に関して調査を遂げた結果その事実のあることが判明したので、専らこれを理由としてなされたものであつて、OSIにおいて申請人の組合活動を調査したこともなく、又、OSIによる右調査が開始されたため、当時CCPOが申請人の主張する制裁条項違反についてしていた調査を未了のまま食堂管理事務所に差戻している事実からみても、CCPOからOSIに対して申請人の組合活動などについて何の連絡通報もなされなかつたことが明白である。従つて本件処分が不当労働行為として無効であるという申請人の主張は理由がない。

(二)  本件処分は申請人の信条を理由としてなされたものでもない。

軍がいかなる経緯又は証拠資料に基いて申請人を前記基本労務契約所定のいわゆる保安基準に該当するものと認定したかについては、前述した以上明らかにするすべがないが、保安基準に該当するかどうかは、それが米国の保安のために設けられたものであることからいつて、専ら米国の立場に立脚して考察されるべきであるところ、極度に機密を重んじ機能の安全保障を必要とする軍が前述の如くOSIの調査に基いて申請人を前記保安基準にいう「アメリカ合衆国政府の保安に直接的に有害であると認められる政策を採用し、又は支持する破壊的団体又は会の構成員」に該当するものと認定して申請人の雇備主である被申請人に申請人に対する出勤停止及び解雇を要求したのは、単に申請人の信条を理由としたものでないことは明白である。ましていわんや軍の要求に応じて被申請人が申請人に対してした本件処分はもとより憲法第二一条にも労働基準法第三条にも違反する余地のないものである。

三、同第三については全部争う。昭和三三年六月一一日当時における申請人の基本給は月額金九、七六〇円、暫定手当は同じく金二、〇四〇円であつた。

四、同第四については既述のとおり申請人に本件仮処分についての本案請求権のない以上本来仮処分の必要性の存否を云々する余地はないのであるが、その点は暫く措くとしても、申請人は現在法政大学第二経済学部経済学科第四学年に在学中で、その学資を賄うためのいわゆるアルバイトとして被申請人に雇われ、立川基地において雑役夫として働いていたものであつて、扶養家族とてもないところ、法政大学事務局会計課に照会した結果によると、その第二経済学部第四学年在学生の学費としては授業料が四月分金二、九四〇円、五月から翌年三月分まで毎月金一、四〇〇円、校友会費が年間金四〇〇円で、月平均僅か金一、五〇〇円に過ぎない一方、東京都労働局職業安定課特殊紹介係の調査によると、最近における学生の臨時アルバイトによる収入は事務系統で一日金三〇〇円、技術系統で一日金三五〇円、肉体労働関係で一日金三五〇円ないし金四〇〇円程度であるということであるから、申請人も他のアルバイトをすることにより前記程度の学資を調達することは易々たるものである。してみれば今直ちに申請人のため本件仮処分申請を認容しなければならない程の必要性は存在しないというべきである。

Ⅳ  被申請人の主張に対する反駁

一、被申請人は、本件処分に際しては立川基地司令官の通報に基きOSIが独自の立場から申請人に保安上の危険の存するか否かについての調査に当つたものであつて、駐留軍労務者の人事管理を担当する軍側の機関であるCCPOは本件処分に関する調査に全く無関係であると主張する。しかしながらOSIとCCPOとは一応その権限を別にしながらも、相互に連繋協力し合つて日本人労務者の組合活動を調査し、少くともCCPOの知り得た労務者の組合活動はすべてOSIに通報されているのであつて、組合活動を理由に労務者を差別的に処遇する方策の遂行に当つている点において両者は無関係とはいえない実情にあるのである。本件において申請の理由において明らかにしたように、申請人に対して基本労務契約所定の制裁条項違反に関するCCPOによる調査が続行されている間にOSIが申請人について取調を開始した事情からいつても、本件処分の理由に関する軍側の調査についてCCPOとOSIとの間に何らの連絡もなかつたといえないことは容易に推測できるのである。のみならずOSIはかねて申請人の職場における監督者である宋国佑や申請人と同一職場の従業員中軍側に協力的な者から申請人の組合活動を聞知していたのであり、ことに申請人に対し悪意を抱く宋国佑が申請人の組合活動を誇張してOSIに通報したことも想像に難くない。更にOSIは組合の文化活動に注目していた関係上申請人が昭和三二年一〇月中頃から軍直分会の決定による読書会において指導的役割を果していたことも熟知していた。これらの点からしても本件処分がかねて申請人の組合活動を知りこれを嫌悪していた軍側の要求に基いて申請人を職場から排除することを目的にしたものであることは、疑の余地のないところである。

二、申請人が現在法政大学第二経済学部経済学科第四学年に在学していること並びに同学年における授業料及び校友会費の額が申請人の主張するとおりであることは認める。しかしながら申請人は立川基地における労働者としての生活の余暇を利用して勉学するため右大学に通学しているものであつて、決して被申請人の主張する如くいわゆるアルバイトとして右基地に就職していた訳ではない。申請人が駐留軍労務者としての収入を得られない以上、前記大学に納付すべき授業料及び校友会費は勿論、書籍費、通学のための交通費その他の学費にも生活費にも困窮することは明らかであり、申請人に扶養家族のないことを考慮に入れても、申請人が本件処分によつて著しい損害を受けることは免れ難いところである。

Ⅳ疎明資料(省略)

理由

第一、当事者間の雇傭関係の成立及び被申請人の申請人に対する本件処分

この点に関する申請の理由第一の事実については当事者間に争がない。

第二、本件処分の効力

申請人は、被申請人の申請人に対する本件処分は不当労働行為に当り、仮にそうでないとしても憲法第二一条及び労働基準法第三条に違反するものであつて無効であると主張するので、先ず前者の点について判断する。

一、申請人の組合経歴及び組合活動等について

(一)  申請人の組合経歴

(疎明省略)を綜合すると、申請人は昭和二八年一二月六日立川基地に入職後、(イ) 昭和三一年八月一〇日頃全駐労東京地区本部フイムカム支部に加入し、(ロ) 同月一六日頃開催された西第一兵員食堂の職場大会における推薦とその後同支部執行委員会における右推薦の承認を得て同支部執行委員となつたが、同年一〇月二一日頃全駐労東京地区本部のフイムカム支部と立川支部との合同大会で辞任し、(ハ) その後合同後の立川支部軍直分会情宣部長となり、(ニ) 同三二年二月二八日頃同分会執行委員兼情宣部長に選出されたものであることが認められる。もつとも、成立に争のない乙第一〇号証(証人舎夷正明の証言により同人の作成した口述書として真正に成立したものであることが認められる乙第六号証によると、全駐労東京地区本部の支部から東京都立川渉外労務管理事務所に届出られた労働組合役員名簿であることが認められる。)中全駐労東京地区本部の申請人所属支部関係の名簿には申請人の氏名は登載されていない。しかしながら右の名簿のうち昭和三一年四月一六日選任にかかるフイムカム支部の同年八月末日現在における役員の名簿についていえば、申請人が同支部の執行委員になつたのは、先に認定したとおり同年八月以後のことであり、証人鈴木武夫の証言によると、同支部の執行委員会が申請人の所属する西第一兵員食堂の職場大会の推薦を承認して正式に申請人を支部執行委員に選任した時期が右名簿の作成前であつたものとは必ずしも断定し得ないところであるのみならず、支部から届出る役員名簿には原則として支部大会で選出された者の氏名を記載するのが例となつていたことが認められ、更に合同後の立川支部の昭和三一年一一月現在及び昭和三二年三月三一日選任当時における各役員の名簿には、分会の役員としては執行委員長、副執行委員長、書記長及び会計の氏名しか登載されていない(但し、後者の名簿には会計の氏名は登載されていない。)のであるから、そのいずれの役職でもない申請人の氏名が右名簿に登載されていないことは異とするに足りない。従つて乙第一〇号証の存在は右(ロ)ないし(ニ)の認定と牴触するものではない。

(二)  申請人の行つた組合活動及びこれに対する軍の態度と本件処分に至る経緯

(疎明省略)を綜合すると、この点につき次の事実が認められる。

(1) 申請人が合同前の立川基地の西第一兵員食堂に就職する以前、同基地の直傭労務者により全駐労に加入しない立川基地直傭労働組合が結成されていたことがあるが、その委員長であつた小林某が解雇されたこと等から昭和二八年中に解散し、申請人の就職した当時直傭労務者は未組織のままであつた。その頃西第一兵員食堂に働く日本人労務者は、当時既にフイムカム支部に加入していた東コンメス職場の日本人労務者に比較して給与も低く、夜勤手当も支払われず、定期昇給が一部の者に対してのみかたよつて行われるなどその労働条件において劣悪であつたのみならず、些細な勤務上の過ちや軍側の監督者の意に副わない言動でもあると、すぐ解雇をほのめかされる状態であつたところ、昭和二九年中このような状態の改善を要求して職場の監督者との交渉が行われた際従業員側の主導的立場にあつた吉田宗一が解雇されたこともあつて、常に解雇の不安にさらされていた。ところが昭和三一年五月西第一兵員食堂に新たにウエイトレスを雇入れるという理由で従来同職場で働いていた雑役夫五名が整理解雇されたことを契機として労働組合への加入の必要を痛感した申請人は同僚の雑役夫村橋昭太郎及び金子清と共に軍の監視の比較的少い同食堂の洗場や野菜場等において日本人従業員に働きかけて協力を誓う者一五、六名を獲得した矢先、同年六月二一日頃突然申請人及び村橋昭太郎は西第二兵員食堂に配置転換を命ぜられ、更に村橋昭太郎は同月二五日頃西第一兵員食堂に勤務中欠勤が多かつたとの理由で解雇された。

(2) その後も右運動を続けていた申請人は昭和三一年八月一日西第一兵員食堂における日本人労務者の手不足を理由に再び同食堂に配置転換されたので、休日を利用して職場の従業員から組合加入の署名を集めたりなどした結果、同月一〇日頃その男子従業員の全員四四名が全駐労東京地区本部フイムカム支部に加入するに至つた。そして申請人は同月一六日頃立川市新公会堂で開催された同職場の第一回職場大会において議長を務め、前記金子清と共に前記認定の如く同支部執行執行委員に推薦、選任されたのであるが、翌一七日頃右組合加入の事実を同職場の日本人監督であつた栗山万里に通告した。

(3) 同月二七日頃申請人は食事時間中に全駐労の機関紙を配布しているのを軍の監督ハンフリー伍長に見咎められ、同食堂管理事務所において同伍長及びターデイ曹長から難詰されたのに対し、正当な組合活動であるとして抗議した。

(4) 申請人は他の組合員と共に同年九月中旬夜勤手当の支給及び身体検査の勤務時間内における実施を要求して職場の日本人職制と交渉し、いずれもその実現に成功した。

(5) 昭和三二年三月一日から軍の会計に関する規則が変更されることにより、かねて歳出外資金によつて賄われていた合同後の立川基地の食堂における雑役費が歳出内資金を以て支弁され得ることになるため、従来歳出外資金活動体の直傭にかかる雑役夫が一旦全員解雇され、改めて被申請人においてその一部の者を新規に雇傭する方針が同年二月初旬に発表されたことは、前出一において判示したとおり当事者間に争かないのであるが、被申請人は予算上の制約のため右直傭にかかる雑役夫のうち三一名を雇傭したい意向であつたところ、組合は右のような人員整理に反対し、直傭雑役夫の全員について雇傭切替即ち被申請人による新規雇傭が行われない限り雇傭切替の同意書に署名しないよう組合員に指示した。これに対し軍側から右書類作成の手続に応じなければ全員について被申請人による新規雇傭が行われない旨の掲示が出されたこともあつて、組合員は少からず動揺したが、申請人はこれに対処して組合員の結束を固めるため奔走した。結局同年三月一三日の緊急職場大会において、組合の指示のない限り雇傭切替の手続には絶対に応じない旨の決議がなされ、従前雇傭中に軍用物資を盗んだものとして二名の者が不適格とされた外は直傭雑役夫の全員が被申請人に新規雇傭されることになつた。

(6) 以上の如く結局直傭雑役夫全員につき雇傭切替が行われたのであるが、これは当初整理解雇を予定していた三一名の雑役夫をその適性に応じて雑役夫以外の職種で他の職場に転用するという軍の方針に基くものであつたところ、その結果として右三一名の大多数が勤務していた東コンメスの従業員が不足することになるので、そのあとへ西第一兵員食堂から一一名、西第二兵員食堂から六名の雑役夫を配置転換することとし、昭和三二年三月三〇日頃西第一兵員食堂関係において、当時全駐労東京地区本部立川支部軍直分会の執行委員であつた申請人、同職場書記長であつた石谷幸雄、同副委員長であつた森田弘、同組織部長であつた橋本国次、同教宣部長であつた小島元世その他合計一一名に対し同年四月一日から東コンメスに配置転換が命ぜられた。しかながら申請人等は当時前記三一名の転用は行われないことになつたという情報を入手したので、右一一名の配置転換は不必要であるばかりか、先任逆順に該当者を選び且つ二週間前に予告するという配置転換に関する従来の慣行にも反し、専ら西第一兵員食堂の組合組織の破壊をねらつたものであるとして反対し、立川基地の食堂に勤務する日本人労務者関係の人事顧問宋国佑と交渉した。その後一週間程すると東コンメスに配置転換されていた前記一一名中申請人を含む八名が西第一兵員食堂に戻された。

(7) 西第一兵員食堂の軍の監督者であつたヒンショウ軍曹及びその部下のハンフリー伍長、ブレーヤー一等兵と日本人労務者との間には、言語風習等の相異もあつてとかく軋轢が絶えず、特にブレーヤーの日本人労務者に対する態度、行動はその非難の的になつていたにも拘らず一向に改められなかつたところから、昭和三二年五月一六日頃開催された職場大会において、ヒンショウ及びブレーヤーを職場から追放すること、日本人労務者に対する直接の監督は日本人職制に一任すること等の申請人の提案が全員一致で可決されたので、申請人その他の組合員は翌一七日頃ヒンショウ軍曹に、同月二〇日頃ブレーヤー一等兵にそれぞれ会見を求めて右決議の実現を要求した。結局その頃ヒンショウ軍曹は東コンメスに、ブレーヤー一等兵は西第二兵員食堂に勤務替えになつた。

(6) 申請人は昭和三二年六月一日から再び小島元世と共に東コンメスに配置転換されたのであるが、同年九月五日頃ヒンショウ軍曹が日本人職制にも連絡なしに日本人従業員のロッカー内の私物を検査したことがあつたについて、当時同職場に勤務していた軍直分会の副委員長下谷一好と共に日本人監督の森田義一及びヒンショウ軍曹の上司であつたビーディス大尉に抗議し、同大尉に爾後このような検査の際には必ず日本人監督を立会わせる旨約束させたことがあつたし、又同年一一月末頃ハンフリー伍長が些細なことから雑役夫の木瀬三男の襟首を掴んで引きまわしたことについてヒンショウ軍曹に抗議し、ハンフリー伍長をして謝罪させたことがあつた。この間申請人は森田義一から、申請人と下谷一好はヒンショウ軍曹に特に目をつけられているからよく働けという注意を受けたことがあつた。

(9) 昭和三二年一二月二八日頃軍側の監督者から雑役夫の吉田繁に対し白色の下着を着用するように指示があつたことにつき、申請人はそれが従来の慣行に反し不当であるとして森田義一を通じてヒンショウ軍曹に抗議した。

(10) 同月二四日頃から軍直分会の情宣部が東コンメスの料理場の掲示板に貼布しておいた年末闘争に関するビラが同月二八日宋国佑の命令によるものであるとして森田義一により撤去され、折柄その場を通会わせたヒンショウ軍曹に渡され、CCPOに届けられるということがあつた。申請人は労働組合がビラなどを掲示する場合には事前に軍の許可を得なければならないことを指令したいわゆるブラッドレー書簡(当該個所の内容は証人舎夷正明の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五号証によつて知ることができる。)がすでに同年一一月中に出されていることを当時知らなかつたため、前示ビラの貼布は従来の慣行上許されていたものであるとしてその撤去につき森田義一に抗議した。

(11) 同年一二月中旬頃軍側から食堂関係の従業員に対し、同月三一日と同三三年一月一日、二日の三日間はメニュー変更に伴う作業量減少のため二〇パーセントの人員に相当する者は出勤しなくてもよい旨の通知があつた。従業員側では、予定どおり作業量が減少されない場合には労働強化になることと、軍休日に出勤した場合に支給される手当が得られなくなることを理由に右のような措置のとられることに反対し、軍直分会を通じてCCPOと折衝したのであるが、当日までに話合いがまとまらなかつた。そこで昭和三二年一二月三一日には一応全員が出動したところ、メニューの変更は全然なされていなかつたので、申請人及び下谷一好等が中心となつてメニューの変更をしないのなら全員就労させて貰いたいといつてヘドリック上等兵、ヒンショウ軍曹、宋国佑等と交渉したのであるが、結局午前一一時頃になつて食堂の監督将校であつたドッブ大尉と全駐労立川支部の田中委員長との間で、勤務人員の二〇パーセント消滅は予定どおり実施することにして、事後上部機関で話合うことに協議がまとまつた。そこで下谷一好が右交渉の経過を従業員に説明していたところ、ヘドリック上等兵が同人を勤務時間中に職場を離れているという理由で東コンメスの事務所へ連行した。申請人は他の従業員とともにこれを不当として抗議を行つた。

(12) 申請人は昭和三三年一月二〇日頃CCPOから呼出を受け、前記(9)ないし(11)に認定した行動が基本労務契約細目書IG節の制裁条項に違反するとして事情を聴取され、その取調が続行されている間に、軍の要求に基いて被申請人から申請人に対し出勤停止及び第一次解雇がなされるに至つたのである。

(中略)

二、不当労働行為の成立

以上認定の事情から考えると、申請人の勤務していた職場の軍の監督者は先に認定したような申請人の組合活動に注目してこれを嫌悪していたものと認めるものが相当である。

ところで被申請人は、本件処分は立川基地司令官から申請人が基本労務契約細目書IF節Ib項に該当する者である旨の通報を受けたOSIが独自の調査によりその事実を認めた結果なされたものであつて、OSIにおいて申請人の組合活動を調査したことも、又CCPOからOSIに対して申請人の組合活動について何の連絡も通報もなされることがなかつたことからみて本件処分については、不当労働行為の成立を否定すべきである旨主張し、(疎明省略)によれば、基地司令官の要請によつて駐留軍労務者に関していわゆる保安基準該当の事実の有無についての調査に当るOSIは、CCPOその他駐留軍労務者の人事管理を担当する軍側の機関とは関係なく独自の立場からその職権を行うもので、当該労務者の組合活動について調査するようなことは一切しない建前になつているところ、調達庁の照会に対して軍は、申請人に関しても、軍側の調査は専らOSIのみによりその建前どおりに行われた旨回答していることが認められる。しかしながらOSIがその所管の調査を行う過程において、CCPOや被調査者の職場の監督者から本人の組合活動に関する情報の提供を受け、これを判断の資料に供するようなことが絶対にないという制度的その他の確実な保障の存することを認めるに足る疎明はないのみならず、申請人の場合については、先にも判示した如く申請人の組合活動がかねてその職場の軍の当局者に嫌悪されていた事情があり、更に申請人に対する本件処分の理由とされた事実が被申請人によつて具体的に主張され疎明されるところがないことをも合せ考えるときはは、本件処分の実質的決定権者である軍の上級司令部は現地の軍当局と全然無関係に被申請人に対して申請人を本件処分に付すべきことを要求したものであつて、そこに不当労働行為意思の介在する余地がなかつたとはにわかに断定し得ず、結局本件処分のなされるに至つた決定的な原因は、軍が申請人の組合活動を嫌悪して申請人をその職場から排除しようとした点にあるものと推認する外なく、右の如き意思に基く軍の要求に応じて被申請人が申請人に対してした本件処分は労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当し、労使関係の公序に違反するものとして無効であるといわなければならない。

第三、申請人の被申請人に対する本案請求権

叙上のとおり、被申請人の申請人に対する本件処分が不当労働行為に当るものとして無効である以上、申請人に対する被申請人の第二次解雇の意思表示の日付の翌日である昭和三三年一二月九日以降においても両者の間には依然として雇傭関係が存続しているものというべきである。ところで、申請人が被申請人から第一次解雇の意思表示を受けた同年六月一一日当時における申請人の賃金につき被申請人は基本給として月額金九、七六〇円、暫定手当として月額金二、〇四〇円の限度においてこれを認めるのであるが、それ以上の金額についてはこれを認めるに足る疎明がないので、申請人が被申請人に対して昭和三三年一二月九日以降における毎月の賃金として請求し得るのは被申請人の認める金額の合計金一一、八〇〇円相当の範囲に止めざるを得ないものというべきであり、被申請人の申請人に対する賃金の支払期日が毎翌月一〇日であつたことは被申請人の明かに争わないところである。

第四、仮処分の必要性

一、申請人が現在法政大学第二経済学部経済学科第四学年に在学中であることは当事者間に争がないところ、前掲甲第三号証の二によれば、申請人は被申請人から支払われる賃金のみによつて生計を維持するかたわら通学していたのであるが、被申請人から第一次解雇の意思表示を受けた以後確実な収入の途を失い、生活にも困窮する状態にあることが認められる。

被申請人は、申請人が被申請人に雇われて立川基地において働いていたのは学資を賄うためのいわゆるアルバイトであつたところ、その程度の収入を得ることは別にアルバイトによつても容易であるとして本件仮処分の必要性が存在しない旨主張するのであるが、そのような事実を認めて前段の認定を動かすに足る疎明はない。

してみると申請人が被申請人からの賃金の支払を受けられないことによつて蒙るべき損害を避けるため、被申請人に対して前記第三に判示する金額による賃金を申請人に支払うべきことの仮処分を命ずる必要があるものというべきである。

二、申請人は、本件申請において賃金の仮払の外に、申請人が被申請人に対し雇庸契約上の権利を有する地位を仮に定めることを求めているのであるが、特にこのような仮処分を必要とする理由については何ら疎明するところがない。

第五、結論

以上のとおりであるから、本件仮処分申請を主文第一項掲記の限度においてのみ認容すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 桑原正憲

裁判官 駒田駿太郎

裁判官 北川弘治

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